夫に趣味を持つことを勧めたら、「春にして君を離れ」のパラレル展開になった。

 わたしは弟に限らず誰に対しても不遜というか、尊大というか、媚びないというか、単に素っ気無いというか、人によっては高圧的と取られかねない態度を取るところがあって、
 
 と以前書いたが、昔の話である、今はそうじゃない、
 と言いたいところだが、実は今もそうかもしれない。
 ちょっと気を抜くとそうなる。
 昔と違うのは、昔はその効用と弊害について、とんと無自覚だったが、今は幾ばくかは自覚的である、ということだ。
 これも小町によるトピックだが、
 夫に趣味を持ったらと言うと、離婚と言われました。
 だったかな。

夫に趣味を持つことを勧めたら、離婚と言われた : 恋愛・結婚・離婚 : 発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


 ああ、これはあれだ、「春にして君を離れ」だ、
 実にそっくりだ、と思っていたら、誰かがどんぴしゃ指摘してくれていて個人的にはそこでちょっと読み進めた甲斐があった、
 と胸を撫で下ろした(?)のだが、勝手に補足すると、
 
 あれは妻もかわいそうだなと思う。
 というか、「春にして君を離れ」に喝采した人が立てた「釣り」というか架空の設定じゃないか、と思うほどよく出来ているし、似ている。
 あるいはそれほどまでにやっぱり「春にして君を離れ」が普遍的名作であるということかもしれない。
 わたしは、あれを名作たらしめているのは、道中の描写もそうだが、
 オチにおいて、すべては「気のせいだったんだわ」と結論づける、主人公(ジョーン・スカダモア)の選択によるものが大きい、と思っている。
 最後の最後まで読んだ人は、ものすごい消化不良を起こす。
 主人公がその選択をした時点で、否が応でも読者を、あの小説に引き摺りこまないではおかない、
 他人事では済ませて置かないよという、あの展開、あの引力にはすっかり脱帽して、まいっちゃう。
「春にして君を離れ」これすごい面白いから読んでみてと周囲に勧めた一人であることをここに告白しよう。
 すごく面白いし、心理的にホラーでもあるし、ミステリ(謎解き)としても秀逸だ。
 膨大なアガサ・クリスティの著作の中でも特筆すべき傑作である、という評価には完全に同意する。
 あれ、オチがないんだよね。
 いやオチはあるのかもしれないけど、それがオチならば、今まで付き合ってきた(読み進めた)時間は何だったの、という、読者の梯子(期待)を完全に外しちゃうところがある。

 オチは読み手に任されているという、それが、消化不良の原因である。
 
 あの小説を読んで、ジョーン・スカダモアをすっかり悪者にしてしまう人は要注意である。
 それは、こんな人ありえない(責任は他者に)、でも、これはわたし自身の一面である(責任は自分に)、でも同じことだ。
 彼女は悪者なんかじゃない。
 なんていうか、よくある話なんだよ、本当に。
 もちろん小説だから、わかりやすくエピソードを抽出し、誇張され(比喩に成功し)てはいるが、
 まあ、もう、そうだなあ、「他者と自分あるある」だなあ、と思う。
 
 妻もかわいそうだと思うのは、
 なんだろうな、まったく「自覚がない」点かな。
 くだんのトピックでは、要するに、子供も手をはなれ、自分は趣味に目覚めて人生を謳歌しているが、夫ときたら仕事一辺倒で、あなたも趣味くらい持ったら、と勧めたら夫に涙ながらに激昂され、出て行かれてしまいました、
 というまるっきり、ジョーン・スカダモアのパラレル展開なのだが。
 
 そういえば栗本薫(追悼)が、「春にして君を離れ」の解説で、夫がありえないと批難していたかと記憶する。
 こんなにずるい人は見たことがない、という論調であったかと。
 
 それにならうならば、あのトピックの夫は、「ずるさ(保身)」を脱して、妻に向かって離婚を切り出したのだと、言える。
 
 あのトピックでよく出てきたのが、苛めた方は苛めたことを覚えていないものですよね、という喩えだった。
 あっ、そうなるんだ、とわたしからすれば意外だったのだが、
 それこそ意外なことに、そうした論調は実は過半数を占めていた。
 
 あなた(相談者・妻)は反省した方がいい、夫に謝罪した方がいい、いかに夫が犠牲を払ってきたかを、もっと評価すべきであると。
 まあ、そうと言えばそうだけどね。
 皆さん、すごいな。よくわかるなあ。
「我慢をする」ということがどういうことであるかを、よくよくわかっていらっしゃる。
 
 被害者と加害者、
 いじめについての問題、
 DVあるいは虐待、
 こういうものは、
 実に根が深い。
 それはまるで、「他者(と自分)」についての、何だろう軋轢というか、
 誤解というか摩擦というか。
 
 アガサ・クリスティにならうわけじゃないが実に尻切れトンボだ、ごめんなさい。
 またいずれ。 

 

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