死を超越した永遠の命を見つけられるチャンスは、誰にでも等しく与えられている。

 どっかでペテンにかけなきゃならないんだな、という気がする。

 ペテンにかけるっていうのは、それを多くの人にとって「わかりやすいもの」に変換する必要がある、ということ。
 どこか遠くの知らない誰か、の身に起きたまるで実感のわかないこと、共感できないこと、みたいに話をするのではなくて、否が応でも自分の身に置き換えてしまう、という「高度な話ができる」ようになる、
 必要がわたしにはある。

 このところ、「自閉症」と、「ドナルド・トランプ」と、「営業とは」について交互に読み進めている。
 ドナルド・トランプに関してはあと一冊、「敗者復活」を残すのみだが、
 ロバート・キヨサキは、妻のキムの写真を見たらわたし好みの美人なので、キムの著作も読むことになる。

「あなたに金持ちになってほしい」という実にあけっ広げなタイトルの本を、他のものと並行しながら長らく読んできた。
 最終章において、ロバートが、ベトナム戦争に軍人として出立する軍事学校の生徒(ロバート)にむかって、教官の一人が話してくれた話をする。
 手元にないので正確ではない引用だが、
「自分の命を差し出す覚悟ができた者から、永遠の生命を見ることが可能になる」
 というような、

 いや、手元にあれば実に引用したい、こんなものではない。
 つまり、ペテンというと悪いもののようだが、わたしにとっては悪いわけのないペテンが、要するにわたしは下手糞すぎて、もどかしい。

 リーダー、というと、そのグループにおいてたった一人をさす。
 でも本当は誰しもが、リーダーになれる。
 自分自身を統合できないものは、リーダーにはなれない、という意味において。

23:49 2019/03/18
「きみらはもうじきベトナムに行く。そして、すぐに、リーダーにとって最もむずかしい課題に立ち向かうことになる。他人の命を守るために自分の命を犠牲にしろと部下に命令することになるんだ。そこで、きみらに聞きたい。きみらもそれと同じことを自ら進んでやる気はあるか?」
 指導教官は、話を聞いていた私と副操縦士に考える時間を少し与えてから、こう続けた。
「自分の命を喜んで差し出そうという気があれば、死を超越した永遠の命を見つけられる。人生には、たいていの人がそれを避けながら一生を過ごすような瞬間がある。きみらはそんな瞬間に対して、ちょっと普通とは違った形で真正面から立ち向かうチャンスを与えられる」

 

 お金が面白くて、その面白さに夢中になる。
 もうなんとなくの貸し借りはしない、と思った。
 貸し借り自体が悪いわけではなく、それはビジネスでなくてはならないのだと。
 というのは、なんだってビジネスなんだということで、
 そうした自覚のないお金のやりとりは、ようするになんていうか、ただ漫然とした先延ばしにすぎないのだ、とでもいうような。

 で、明日わたしはもう、貸さないと決めたひとにお金を貸そうとしている。
 いや、あげる。
 もちろんあげるとは言わないが。
 
 他者への批判的な思いが、わたし自身を殺してしまう。
 自閉症のひとが、批判がわからない、批判的な気持ちを持ち得ない、というのは、
 皆が皆そうなのかどうなのか知らないが、
 わたしには圧倒的な事実として迫ってくる。
 つまり、わかる。

 しかし、自分には批判的精神はないというからには、批判とはどういったものなのか、知っている必然性はある。
 それがない、というからには、それがある状態を想像できるくらいの認識は必要だ。

 これは幸福について、
 自分は幸福ではない、というからには幸福である状態がどんなものか知っている必要がある、
 というのと似ている。

 貸さない、あげる、で思い出すのは、
 闇金ウシジマ君の、サラリーマン君編で、
 同僚がバクチに嵌ってしまって、借金を繰り返し、貸す方がもうこれで最後だ、と何万円かをつきつけて、連絡をしてくるなと言い放ったとき、
 借りている側が、こんな何万円かでおれを捨てやがって、というか、見切りをつけやがって、というか、
 なんかそんなふうに恨み怒りを募らせる。
 
 わたしはこのシーンを読んで、本当に本当に、あぜんとした。
 仰天した。
 怖いと思った。

 そんなこと本当にありうるのだろうか、というほどの、
 要するに逆恨み以外の何物でもないのだが、
 本人としては、そうではない、という認識がもう、とても怖かった。
 
 こういうのはさ、
 なんていうか、

 なんだろうなあ。

 もう何をどう考えるのも、どう受け取るのも自分次第だということの、
 わたしからすれば最悪の例を出されたような気分であって。

 自分だけでは想像もつかないようなことがある。

 つまり、自分ではないひとが、起きたものごとをどう受け取るか、ということのありとあらゆる多様性、可能性の違い、
 こうまでも違う、ということのあまりにも予想外な反応に対して、ただ圧倒されてしまう、という経験だ。

 そしてどうにもやりきれず、むくむくと頭をもたげる、批判的反応。

 わたしが好きな男前である中村天風、の著作のなかに、こんな話がある。
 戦争で混乱を極めたあの時代において、処刑される寸前でもひるまず、目隠しなどいらん、額を狙えと言い放ったほど命知らずだった自分が、
 戦後、病にたおれて、病室で母親が、ごらん月がきれいだよ、と病気の息子をなんとか力づけたく思ってかけてくれた言葉がけに、
 月がきれいだろうが何だろうが自分には取るに足らぬ関心も持てぬことと、窓の方を見もしない、
 そうした自分の心の貧しさにつくづくと嫌気がさす、という話。

 いつのまに自分はこうまで弱くなってしまったのか、貧しくなってしまったのかと、愕然としたと。

 逆境はチャンスに満ちている

 わたしは自分が逆境の立場にある、というわけじゃないんだ、残念ながら。

 それでも、お金に困っているひと、経営がうまくゆかず立ち往生して底の底まできたという人と話をしていて、わたし自身もそれにまったく関わっていないわけではない、という経験を通して、

 ああ、そうか、わたしはお金に困ってみたかったのかもしれない、とふと思った。
 困らなければ気づかないこと、というのは事実、山ほど、それこそ星の数ほどもある。

 あるいは病もまた、そうだ。
 病というのは本当に、不思議だ。
 病、そんなものがあるのだとして、とわたしは思う。

 病気であれ貧困であれそれは、たしかに克服しがたいほどの、だが要するにチャンスなんだ。

 死ぬのなら死ねばいいと思う。
 死にたいのであれ、死にたくないのであれ、死ぬしかないのであれ、ともかく死ねばいい。
 だが、どうあがいたところで、本当には死ねない。
 
 お金持ちが天国へゆくのは、らくだが針の穴を通るようなものだ、
 という聖書の言葉は、

 善人でさえ救われるのだから、まして悪人が救われないことがあるだろうか、
 という親鸞の文言に実によく似ている。

 それはいわば、試練の多さを示している。
 お金を持つ、ということは試練がそれだけ多くなる。
 誰だって善人でいたいし、自分を悪人だなどと思いたいひとはいない、
 つまり悪人と誹られるだけのことにはそれ相応の試練がある、本当に。

なにも死ぬことはない。

 わたしはこんなにも億劫がってみせた。
 だから、億劫がるってことは良くないんだ、
 ということを、
 言おうとしてふと見渡せばやっぱりわたしよりもっと億劫がっているひとたちの姿が見える。

 まだ足りない。

 でもこんなことは、たしかにいつか、いつでもどこか、感じ続けてきたようにまったくキリがない。

 比較の世界では、単にすべては相対的なものに収れんされてしまう。
 ともかく、「いかに表現するか」ということしか「絶対」の中へは組み込まれないのだ。

0:19 2019/03/15
 わかったと思うことが一つできたら、わからないことが三つ増える。
 それまで何とも思わなかったことが、なぜなんだろう?と知りたくなり、それらはどんどん増えていく。

 わたしはそのことにうんざりはしない。
 むしろ、どんどん知りたいことが増えていくという事態にまったく夢中になる。
 俗にいう、嬉しい悲鳴を上げている状態に近いかもしれない。

 わたしは「自閉症」が気になって気になってしかたがない。
 興味をひかれてやまない。
 というわけでついに、「自閉症だったわたしへ」を手にした。
 この本の存在を二十年も前から知ってはいた。
 でもその頃は、自閉症についてさして興味もなかったので、読もうとは思わなかった。

 わたしが自閉症についてひかれる理由は、乱暴な言い方かもしれないが、要するに程度の差はあれ皆自閉症じみている、という認識があり、自分にも関わりのある話だと強く感じるからだ。
 
 それ、が存在しているのは、これという一つの理由だけということは、できないだろう。
 それはまるでプリズムが光のあたる角度によって虹色を映し出すように、たった一色ということはないんだと思う。
   
 なんでもがそうであるように、自閉症に関しても、そうと診断されるには、よっぽどそうであるという度合いの深さがいる。 
 一つの尺度でいえば、生活に困難をきたすレベルであるとか、
「行政による支援」という立場からも、どこかに線引きが必要とされている。
 でもわたしは、行政の都合はどうだか知らないが、そこに本当に明確な断絶があるわけではなく、自分とも誰とも地続きの関係はどこかしら必ずあるのではないか、と感じている。
「生活に困難をきたす」度合いのそれについて、支援が必要ではないとか、
 たとえばだが、目の見えないひとは単に見える努力をしていないだけとか、
 そんなことをいうつもりはない。
 
 ヘレン・ケラーの話を昔子どもの頃に読んで、呆然としたし、ものすごく不思議だった。
 それはいわば子ども向けのダイジェストともいうべき、端折られた話だから、細部については触れられていない、それで謎が残ったのだと思うが、
 水にふれ、てのひらに指でWATERと書かれて、「これがそうなんだ!」という超能力レベルの閃きはいったい全体どこからやってくるのだろうか、と心底たまげてしまった。
 わたしがもし、目も見えず耳も聴こえない世界に住んでいたとしたら、彼女のような閃きがおりてくるのはまったく到底不可能なのではないか、と思った。
 わたしが不思議だったのはその回路を彼女は、導いてくれる存在がいたとはいえ、いったいどうやって見出したのだろうか、ということだ。
 
 わたしは自分がどうやって物が見え、どうやって耳が聴こえているのか、本当には知らないんだ。
 つまり自分がどうやってそのことを可能にしているのか、ということのからくりをつぶさに実感し、ひとに説明できるようにはわかっていない。

 わたしの友人で、自分の子どもの発達が遅れているのではないか、もしかするとそれは「障害」と呼べるレベルのものなのではないか、と気を揉んでいるひとがいる。
 ほかの子どもと同じようにふるまえないことで、いまは良くても将来爪はじきにされたり、困ったことになるのではないか、と心配している。
 それは、わたしからすれば、彼女自身の心配であり、不安なんだよね。
 そんなことをいえば何だってそう、ともいえるが、
 つまり心配なんてそんなもんだ、という意味では。
 この子が本当に将来困ったことになるかどうか、そう受け取るかどうかは彼が決めることなんじゃないの、とわたしはおそらく親ではないゆえに冷静に思ってしまうのかもしれないが。

 わたしがふと考えこんでしまったのは、続けて彼女が、
「障害があるのなら障害があるといっそ認定された方が、子ども自身も楽なのではないか」
 と言ったことについてだ。

 そうなんだろうか。

 わたしは、目の見えないひとがたった一人だけいる世界を想像した。
 あとは皆、目が見えているので、「目が見えている」ということがどういうことなのか、
 そもそも誰しもが自分は「目が見えている」のだという認識もないという世界に、
 たった一人だけ「目が見えない」状態で生まれてきた人がいたとしたら。
 彼はものすごく確かに孤独で、誰からも理解されない。
 なんでこんなところで躓くんだとか、なんで自分から電柱にぶつかっていくんだとか、この標識をなぜ無視するんだとか、そんなふうに責められているところを、想像してみた。
 
 たしかにそういう世界では、
「あなた方には「目が見えている」が彼には「目が見えない」んだ」
 と、ほとんど神様のように宣言してくれるような存在が必要かもしれない。
 そうしたら、やっと、物事は平和な解決に向かって動き出すのかもしれない。

 でもわたしが思うに神様は何も宣言しない。
 神様は「立場」をもたない。
「立場」をもたない、それはどういうことかといえば、どんな発言もどんな特定の目線も持ち得ない、要するに人間が可能なことは神様には不可能なんだってこと。

 障害があるのなら、障害があると大っぴらに認定される、
 それはつまり、なんていうか、カテゴライズされるということだよね。
 彼は彼の所属すべき居場所を獲得する、というか。

 たぶん。
 そうなんだろう。
 
 わたしはそう、何かに所属するとか、自分の居場所とか、そういうのをなんでだか知らないが。
 ほんとうに、なんでだか知らないが、そういったものへの価値を見出せないところがある。
 そうであるということの、負の面を見ているのかもしれない。
 
 たとえば、日本でなら、あの戦争中なぜ、国のために死ぬことが尊いと思えたんだろう、
 そうは思えないひとが非国民だなんて、なぜ誹られたんだろう、
 わたしがもし、あの時代あの日本で生きていたら、いったいわたしはどんなふうにふるまっただろうか、
 ということを、実にまじめに考えこんでしまう。

「あのころはフリードリヒがいた」という本を読んで、
 これはハイル・ヒトラーに親も属するドイツ人の少年が、かつて分け隔てなく遊んだ友がユダヤ人だというだけで、防空壕へも入れてもらえず死んでしまった、ということを本当に淡々とした目線で描いた本だ。
 淡々とした目線で。
 というのは、何の言い訳もなく。
 何の自己正当化もせずにただ、起きたことを克明に綴っている。
 わたしはこの本を読んだときにも痛烈に、感じた。
 もしわたしがこの場に居合わせたとしたら?
 いったいわたしはどういった人間だっただろうかと。
 
 彼にも防空壕へ避難する(生きのびる)権利がある、と子どもでありながら大人を説得できただろうか。

 あるいはまた、ユダヤ人の彼の立場だとすれば、絶望的に不利な場所に留まることはせず、何としてでもとっとと国外へ逃れ出られたのだろうかとか。

 死ぬことは怖かった。
 ほんとうだ。
 わたしはほんとうに、死ぬってことが小さな頃から、小さな頃には怖くてたまらなかった。
 たぶんだが、いまになって、あるいは死に直面してはじめて、急に怖くて震え出す、なんていうことがないようにしたかったんだと思う。

 だから「九日間の女王さま」で、レディ・ジェーン・グレイが、
 もちろんそれに震えながらも、断頭台へと歩んだ姿、その精神を知って、
 いったいどうすれば、そんなふうに、さまで無様に取り乱すことなく最期を迎えることが出来るのかと、
 本当に心の底から衝撃を受けた。
 わたしはあれを読み終えたときの呆然とした気持ちを今でもはっきりと覚えている。
 薄暗い夕暮れ時、読む進めるには灯りを点けなければと思いながら、ついに灯りをつけるために立ち上がることさえできないまま、読み終えたときのことを。

 それからまた、なぜ、彼女は逃げ出さなかったんだろう、
 なぜ、彼女は死ななくてはならなかったんだろう、
 彼女はどうして死を受け容れ得たのだろう、
 もしくは、何がどうなれば彼女は生きのびることができたのだろうかと。

 ともかくそれほど、生きていてほしかった、ただ。

 何も死ぬことはない、と思えた。

 

 そうだ。
 つまりいま、わたしは、それを体験しつつある。

 遠からず近からず、だがいまにも死にそうだ、という状態のひとがいる。
 わたしは何も死ぬことはない、と思う。

 彼自身、死にたくないと言っている。

 わたしはわたしの罪悪感を打ち消すためにだけ、彼と接するのは間違っていると感じている。
 あるいは、同じことだが、自分の正義感を貫くためにだけ、彼と接するのは間違っていると感じる。
 
   
 わたしは基本、楽観的な人間だ。
 ドナ・ウィリアムズの、身体に対する暴力ではわたしを傷つけることはできなかった、
 という表明は、
 わたし自身が果たしてそうであるかどうか(わたしは身体に対する暴力で傷つかないでおれるかどうか)はともかく、
 ものすごく楽観的というか、希望に満ちた宣言だと感じた。

 ものすごく強い。


 ルワンダのジェノサイドを生きのびた少年の自伝を読んで、
 わたしが一番衝撃的というか、むしろショックじゃなくて、ただ涙が溢れてしかたがなかったのは、

 ジュネーブかどこか、ヨーロッパのどこかに亡命して、そこの神父さんだか牧師さんだかが養父になってくれて、
 そのひとについて、足を切られ、目を抉られた少年がいうんだ、
「彼(養父)はほんとうに魂の根深いところでぼくを救ってくれていた、彼自身はそうしているとも知らずに」と。

 わたしはここの叙述に、本当に心を揺さぶられる。
 なんという美しさだろうかと。
 
 その牧師だか神父が美しいんじゃなく、それをそうと受け取る彼が美しいと感じて。

 

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母親は孤立しうる、だからわたしは、母親という立場への同情を禁じ得ない。

 物語に惹きつけられる。

 要するにすべては物語なんだ、というほどに。

 わたしは実際のところものすごく冷静な、醒めた人間で、
 たとえばそれはどういうところかと言うと、小学生のころふと、お母さんが同級生の一人だったら、どんなふうな関係なんだろうな?
 もしかすると、口もきいたことがないような疎遠な関係かもしれないぞ、と想像してみたりしたところ。

 この話は誰にしてみてもあんまり共感されたことがない。


 補足するとわたしも母親もどちらかというと、よっぽどな場合をのぞいて、自分から相手に関わろうとする、という積極性がない。
 もちろん大人になればなるほど、そうではなくなる。
 わたしたちは共にそうだった。
 
 というのは、なぜか強烈に覚えているのが、家族でガソリンスタンドへ寄り、わたしがトイレを借りたくて、トイレの場所を店員さんに訊ね、無事トイレを済ませて車へ戻ると、
 あんたはどうしてそんなにツンと澄ました態度を(店員さんに対して)取るの、と可笑しそうに揶揄するように母親に言われたこと。
 もちろんわたしからすれば、あえてツンと澄まして見せた、なんて自覚はなかったという驚きでもあるが、
 もっと言えば、
 まさかよりにもよって、お母さんにそんなことを言われるなんて、まったく心外でしかない、という気持ちでもあった。
 そんなことを言うなら、あなただって随分ツンとしてきたと思いますよ、ということにあらためて気づいた、というか。
 あなただって昔はそうだったでしょ、ということが、なんていうか、そのやりとり、その醸し出される空気感のうちに、わかってしまったのだ。
 このわかってしまった、という知覚は不思議だ。
 それは洞察などというものではない。
 お母さんの揶揄するような口吻から、洩れ出るように否応もなくこちらへと伝わってしまったのだ、という他はない感じだ。
 
 ともかくわたしには醒めた目、近視眼的なものよりも俯瞰した目、を好むところがあって、
 それはもう、だってその方が見晴らしがいい、そしてわたしは見晴らしの良いほうが好き、ということに尽きるんだけど、
 
 それでも、他人の創った物語に没頭する、ということは、経験しえた。 
 むしろ、そうした経験を通じてはじめて、近視眼的な物の見方の良さ、というものを獲得できた。
 
 そして、そうしたことって要するに、皆そうなんじゃないかな、という気がする。
 
 もう適当な例えは思いもつかないけど、
 何それ信じられない、嘘でしょ、ありえないでしょっていう話についても、
 よくよく相手の身になってみれば、なるほど、と思えることもあるでしょう。
 なるほどなあ、を通り越して、自分の身に起きたことでもないのに、なにそれ許せない、悲しい、腹が立つ、あなた黙っていることなんてないよ、あなたが黙っていたってわたしが代わりに声をあげる、という激しい気持ちさえ抱きうる、ということがある。
 その、よくよく相手の身になってみれば、
 というところが要は、「物語」の果たす役割だと思う。
 
 最近とりあげた例なら、
 知的障害の、犯してもいない罪ゆえに処刑された彼。
 この事件そのものは1900年代前半のことだから、時代が違うってこともある。
 アメリカで起きたことだから、国が違うってことでもある。
 よその国の遠い過去に起きた事件で、
 だからこそ簡単に、彼の置かれた状況に感情移入しやすいということは絶対にある。

 誰もが、「知的障害であること」を自分では選択せず、1900年代はじめにアメリカにて生まれたということがどういうことかを身近に自分のことのように感じ取ることもなく、それだからこそ、
 抽象的に、抽象度を上げることによって、
 感情移入し得る。

 最近日本で起きた事件なら、シングルマザーで、彼氏と同棲して、子どもを虐待して、なんていうのがある。
 わたしはこういうものは本当に、時代が下れば、
 この子どもを虐待してしまった母親に対しても、同情が集まるんじゃないか、と思っている。

 別に同情する必要はないんだけど、少なくとも、すべて母親が悪いっていうふうに悪者としてだけ、まつりあげられるってことは、なくなるだろうと思っている。

 要するに、誰が悪者で、誰が犠牲者かっていう、そうした物の捉え方というのは、
 すたれていく。

 もうそれは、すたれてゆく、必ず。

 そもそも、「必ずや悪」であるはずの「誰か」を求める発想って実に乳臭いじゃないか?

 

 女であればだいたい誰もが母親になりうる、という状況において、
 母親になるべきではなかった、母親としてありえない、母親失格だ、
 なんて後出しで非難されている姿を見るのは、わたしはなんとも言えない気持ちになる。

 誰だって、その母親、でありえたかもしれない状況なのだとしか思えないんだ。
 ああ、もう、わたしはそうじゃない、なんて言わないでね。お願いだから。
 わたしだってそう言いたいのはやまやまだという気持ちをどこかで抱いているのだから。
 でももしかしたら、非難される母親はわたしだったかもしれない状況もありうる、という凍りつくような思いが、わたしを寸でのところで引き止めているだけ。

 

 十四歳(十六歳だったかも?)のシーラが、知的障害を抱えた、里親に引き取られた男の子を誘拐する。
 その里親が、引き取った子どもは自分たちの望むような子どもではなかったのではないか、と一度は引き受けた里親の立場を放棄して、ごみ箱に捨てられていた彼をまたごみ箱に戻すかもしれない、という話を聞いて、
 矢も楯もたまらず、そんなことはさせられないという衝動にまかせて、
 その子を里親の元から、連れだしてしまう。


 一昼夜、あるいはさらにもう一晩、その子どもと共に過ごした挙句、シーラはその子を連れてトリイ(シーラの元・先生であり、その男の子の現・先生)のもとへ戻ってくる。
 トリイの庇護を求めて、疲れ切った姿で。

 シーラが連れ出してしまった男の子にはトリイは、疲れたわね、こちらへ来てゆっくりお休みなさいと寝床へ誘う。
 シーラに対しては、なぜこんなことを、と詰問しかける。
 シーラは、その詰問を受けつけず、お願い、わたしにも彼に言ったように言って、という。
 疲れたわね、こちらへきてお休みなさいと、
 言って、お願いだから、
 
 お願いだから彼のように休ませて、彼にしたように労わって、今晩だけでも。


 シーラは彼の里親でもない、まして母親でもない。
 それなのに、そうした立場へと身を置きうる彼女。

 いやむしろ、かつて捨てられた自分と、その男の子を重ね合わせた結果、幼い子どもの保護者として「あるべき姿」「果たすべき役割」を、衝動にまかせて買って出てしまった、というなりゆきだ。
 それは(その男の子と)同じように、ではないが彼女自身が、傷ついた(気づいた)経験を忘れずに覚えているからだ、本当にただそれだけなんだ。


 母親、という立場は孤立しうる。


 母親は孤立しうる、だから、わたしは母親という立場たるものへの同情を禁じ得ない。


 本当によく考えてみて。
 自分の子どもが、はたから見て危機的状況に陥っている、なのに母親たる彼女にはそれがそうだとわからない、という状況が果たして彼女が真に望んだヴィジョンだったと、いったい誰に言えるだろうか。
 
 自分の子が、全身傷まみれで、あるいは病におかされていて、
 明日をも知れないというときに、
 仕事であれ娯楽であれ、子のそばについていてあげられない。
 本当には、子の身になってあげることができない。

 いったい誰がそんなことを望むだろうか。
 そんなことを良しとするだろうか。


 誰も良しとはしない。
 少なくともあなたは良しとはしない、そうならば、
 お願いだから、彼女を責めるのではなくて、一緒に解決する方法を考えてあげて。
 一緒に、どこの誰とも知れない相手の気持ちがわかるようになる、ための手助けを試みてあげてほしい。

 子どもだけを、労わり、寝床へと誘わずに、子どもの身に起きたことを我が事のように重ね合わせてしまった彼女が、意図せずしでかした暴挙をも、労わってあげてほしい。
 だってそれが、最初に「あるべきではない状況」への怒りを感じたあなたの、本当に望むヴィジョンなのだと思うから。
 
 傷ついたものを保護すべきだと思うなら、実際その道はとても険しく、困難にみちている。
 まるでそれは、ラクダが針の穴を通るようなものだ。


 誰だって子どもだった。
 自分は生まれたときから大人で、扶養すべき自分の子どもさえ抱えていてね、というひとなどいないのだ。

 誰だって子どもだった。
 誰だって生まれたときからこの世界を、この世界たらしめるものについて、そうでしかありえないと、ゆるぎなく認識していたわけじゃない。

 生まれてすぐ立って歩き、話し出したひとなんていないでしょう。
 少なくとも、あなたもわたしも、あなたの親もわたしの親も、そうではない。そうでしょう?


 わたしはよく、お母さんが子供だった頃のことを想像してみようとしていた。
 お母さんがお父さんと出会う前のころ、出会った頃のこと、そしてお母さんが子どもを授かり、産もうと歩みだした気持ち、それってどんなだったのだろうと想像してみた。
 お母さんはわたしくらいの歳のころ、たとえば十歳とか?って、どんな女の子だったのだろう?とか。
 
 どんなに想像してみても、追いつかないんだよね。

 
 わたしは、思い出せば笑っちゃいそうなことだが、母親による印象的だった宣言を覚えている。
 お母さんは家事に向かない、洗濯物を畳んでも、洗い物をしても手が荒れてしまうんだから (手伝ってくれなきゃ困る)って、
 その荒れた手を見せてくれた。 
 正直わたしにはその因果関係はわからなかった。
 要するに家事はしたくないんだろう、なにもそのために実際に手を荒らす必要なんてなかったのに、と思ったことを覚えている。

 お母さんは美しかったから、手までも美しい方が、彼女には似合っている、と感じていた。

 お母さんはフルタイムの仕事をしていたから、
 そのせいもある。
 ああ、家にいて主婦みたいなことをするのは、この人の望むヴィジョンには合わないんだろうなあと思った。

 まあ時代もあるよね、いま思えば。


 わたしは自分のお母さんについて、美人だと思っていたが、親しみやすいひとだと感じたことは、子どもの頃には、なかった。

 いまはそうではないが。

 いや、ようするにお母さんってひとは、どことなく子どもが苦手なんだよね。
 いまだってそうだ。 
 わたしは、わたしの弟の子ども、わたしにとっての甥、お母さんにとっての孫、への接し方を見ていてもつくづくそう感じる。
  

 実際わたし自身も子どもはどことなく苦手、なので勝手にお母さんの気持ちを代弁させてもらうと、

 大人ぶること、つまり子どもを自分と対等ではない、目下の存在として扱うことが苦手というか、

 いったい子どもに対してどうふるまえば良いのか、戸惑ってしまう、あるいは照れてしまうのだと思う。

 

 シーラについてはこちら。

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 トリイについては、思い出すたびになんだか笑ってしまうことがあって、

 彼女よく、「余計なことをして」と言われるんだよね。

 シーラにも言われている。

「あんたって本当に仕切りたがり屋だね。自分でそのこと、わかってる?」とかなんとか。

「愛されない子」のラドブルックにおいては、こうだ、

「あなたって本当に誰かに仕切られるってことが苦手ね」と。

 

 わたしは実際のところ、ものすごい仕切りたがり屋であり、

 ものすごく世話焼きなのであり、

 それをずっと何とかこらえようとして生きてきたところがある。

 わたしは今度こそそれをやめる、と決めて生まれてきたはずなのに、というほどの、まだしてもいないことに対する後悔にも似た、気持ちがある。

 

 

「死を理解する」という、いつ覚めるとも知れない悪夢は、まだ世の人を蹂躙するだけ。

karapaia.com

 

 冤罪で死刑になってしまった青年の話を読んだ。
 墓碑の写真があり、生まれた年を例によって足してゆくと、33だった。
 
 彼には知的障害があり、言われるがままに「罪を認め」ることが「死刑」に結びつくという考えがなかった。
 死ぬってことも「わからなかった」。
「僕は死なないよ」と言い、死刑直前までおもちゃでご機嫌に遊んでいた。
 
「世界一幸せ(そう)な死刑囚」というタイトルのせいで、
 冤罪で死刑になってしまうことが幸せなわけないじゃん、胸糞悪い、純粋無垢なものを殺してしまった罪悪感を消したいだけ、なんていうコメントがのびていた。
 
 さあ、まず幸せってなんだろうか。
 彼がいかにも楽しそうに、無邪気に、「死を理解する」こともせずに、遊んでいる様子をつかまえて、
「なんて不幸なんだろう」「なんて憐れなんだろう」という反応をさせるものって、
 いったい何なんだろう、と思う。

 死を理解する、ってそもそも、どういうことなんだろう?

 僕は死なないよ、という発言はわたしからすれば、知能指数なんかでは推し量れない、賢者の威厳を感じさせるものだ。
 そのとおりだ、たしかに彼は死なない。
 それはいまもこうして彼の「悲劇」が語り継がれているから、というだけじゃない。
 そんなことじゃないんだ。

 もどかしさとともに、ふと気づくことがある。
 わたし自身こうしたことに類する経験をこれまで何度もしてきていた、と思い出す。

 いろんなやり方がある、それこそ幾億とおりものやり方が。
 わたしは知的障害という道を選ばなかったが、彼はそうした。

 彼にはとても断固としたところがある、とわたしは感じる。

 彼は「知的障害」を選んだし、「無実の罪」も選んだし、「罪なき罪によって死刑に処せられる」ということをも、ただ選んだ。

 確かになかなかそうは見えない。


 わたしは語ることによって伝える能力を持っていきたかった。
 なのに、それをまるでほとんど駆使できていない自分に、焦燥にも似た気持ちを徐々に募らせている。

 いまこの瞬間も。
  
 ドナルド・トランプロバート・キヨサキの共著の本を読んでいると、わたしたちは共に教師だ、という言葉が何度か出てくる。
 それで思い出すのは、
 わたしは教師になりたいんだ、と当時一緒に住んでいた人と毎夜毎夜二人でワインを飲み明かしながら語っていたある時期に、思いがけず強い気持ちで宣言したこと。
 本当に?と思った。
 いったいまたなんで?
 わたしはむしろ、教師ほど胡散臭いものはないと心のどこかで感じ続けていたのだ。
 
 でも、教えることは学ぶことなんだと、あるときにはっきりと気づいた。
 教えるっていうことは、決して一方的な流れではない。
 そこには相互に通い合う成長の渦があり流れがある。
 自分自身が新たに学ぶことはない教え、
 教え子に教えることによってさらに深まる自分の学びがないなら、教師としての機能を本当に果たしているとは言えない。

 親と子の関係だってそうだ。
 親は子から学ぶ。
 そうじゃなきゃ、子を持った意味がない。

 子から学ばないのなら、子と共に教え/学びの関係を築けないのなら、

 子から享受しうる恩恵を存分に受け取っているとはとても言い難い。


 子を持って幸せだっていうのは、子から学ぶチャンスを与えられて幸せなんだ、
 これで子供が老後の世話をしてくれるだろうとか、自分の遺伝子を絶やさずに済んだとか、この少子化社会に貢献したとか、そういうことじゃない。

 もちろん、親子に限らない。
 なんだってそう、なんだ。

 よくあるじゃん、先に進んでいる子が算数ドリルとか、なんでもいいけど、まだよくわからない、できないって子に教えてあげようとして、
 自分としてはいつクリアしたのか、どうやってクリアしたのかも覚えていないような初歩的な質問、根本的でさえある質問をされて、はたと答えに窮してしまう、というようなことが。
 こんな簡単なこともわからないなんて馬鹿だなこいつ、じゃないんだよ。
 いや、わたしもよくやってしまうわけですが。

 それにそうしたことは確かに簡単に「笑い」という絶妙に魅力的なものにもなってしまって、それに抗う方がむしろ馬鹿みたいに思えるってことも、ある。でも、
 
 ひとは、ひとに教えようとしていかに自分が何も知らないか、ということに気づく。
 気づく、んだよ。
 気づかなきゃ、学ばなきゃ、教えるって行為はただただ無為に帰するだけ。

 

 ともかく、彼が演じたかったのは「悲劇」なんかではなかった。
 わたしはそうだと思う。

 彼は不幸ではないし、憐れでもない。
 彼には晴らすべき罪なんてそもそもない。
 彼は実際に誰も殺していないから、じゃない。
 はじめからこの世には罪なんて存在しないのだから。

 

 そういうことを、表現しに、来たのではないかな。

「反対」は無意味であるという姿勢の、その

 あれは親の家なんだっていう意識はあった。
 わたしの家ではない。
 書いているときに息抜きとか、考えを整理するためにたばこを吸うってことは、
 わたしには必要あるいは効率の良い、魅力的な行為に思えていた。
 でも親は吸わないし、親は反対しているし、親の家の空気あるいは壁紙をいわば汚すわけにはいかない。
 吸うこと自体を止めることは親でもできない。
 でも、家で吸うことまでは、わたしには踏み込めなかった。
 あの家はたしかにわたしが生まれ育ったわたしの家だが、厳密には親の家であるのに過ぎないと感じていたからだ。
 わたしは親のいうことで、わたしにはそうは思えないと思ったことは、聞いたためしがない。
 そりゃおそらく、皆とはいわないが、ある程度自立した精神をもつひとならば、あたりまえのことだろうと思う。
 ふうん、そんなもんかな、それがいいと思っているんだな、わからないけど、どっちでもいいけど、
 と思うことなら、いちいち反対はしない。
 わたしはともかく「反対する」ってことが実に苦手で、
 反対はしないが、相手の意に沿わぬことを沿わぬと理解しながら、結局のところ自分がしたければする、という態度を貫いてきた。
 
 なんだかそれって、コミュ障みたいっすね。
 いや、いわば、そうなのかもしれないな。
 というか、つまり、わたしはずっと昔から、
「誰もがしたいことをすればいい」と心底感じていて、
 そもそも、すでに今現にまったく滞りなく、そうなんだろう、むしろそうであるほかはないと勝手に思っていた。
 いまも勝手にそう思っている。
「人間、誰だって、自分にとってメリットのないことはしない」と思っていた、というか確信していた。

 いちいち反対する必要はないと思っていた。
 そんな無駄な労力いらない、と感じていた。

 たばこについていえば、母親ってひとがおもしろいなあと思うのは、
 普段は、たばこまだ吸っているの?とどこか非難がましく言うくせに、
 たばこをお得に買う方法をわたしに提案してくるってところ。

 反対なんじゃなかったのか、なんだかその矛盾ってまったくおかしい、実にわたしの母親らしいと思って、
 当時一緒に住んでいたひとにそう、おもしろい話として話すと、
    
 なんだか深刻そうな顔をして、
「本当に娘のことを心配していたら、そんな提案しないはずだよね」という。
 いや、ちがうって。
 でもこの「ちがう」感じを、どう説明すればいいのか、わたしにはさっぱり思いつかなかった。
 そういうことじゃないんだけど、それにしてもいったいなんで彼はそんなふうに受け取るんだろう?ということに興味が向いた。

 わたしはわたしの母親が「自分のことを本当に心配していない」かもしれない、なんていうことに対して不安になったことはない。
 いや、幼い頃にそんなふうな不安をまったく一つも感じたことがない、とは言えないが、
 少なくともその当時、そんな不安を持つことはとっくになくて、
「それって、本当に娘の身を案じている態度っていえる?」と遠慮がちにではあるが迫ってこられても、
 どこかちぐはぐな心配をされているようにしか、思えなかった。
 このことは、実に不思議だったし、不可解だったし、興味を惹かれたので今もってよく覚えている。
 
 そもそもわたしは心配されたくないんだよね。
 それに、心配したくもない。
 あなたは、あなたでちゃんと(か適当にか知らないけど)やっているんだね、と信頼するのが、尊重するのが要するに好ましい。
 控え目にいって、そう思っている。

 もちろんよっぽどSOSのサインを出しているひとを目の前にして、何もせずにいられるってことはできない。
 できないけど、
 

 なんていうか要するに、他者のSOSのサインって、
 自分がそう受け取ったかどうか、でしかないものだ。
 
 自分が、助けてくれ、というサインとしてそれを見たときには、それを助けたいと咄嗟に思ってしまうのが、
 ひとの本性なんだろうと思う。
 それはいわば、ミラーニューロンの仕業なのかもしれない。
 ゴキブリが死にかけているのを見て、助けたいと思うひとは稀かもしれないが、
 たとえば実に愛らしい子猫が、
 たとえば実に愛らしい人間の子供が、
 まして彼らとの親密で気軽で安らかな思い出のあるものが、
 目の前で溺れかけていたり、助けようと思えば助けられるような困難な状況に陥っているときに、
 手を差し伸べないでいられるには、よっぽどな何か、たとえば、「無自覚な共感力」に対する克己心がいる。

 いや、助けちゃだめだって話じゃない。
 そうではない。たぶん。

 とにかく、たばこの件に関して、わたしは母親の心配を必要とはしていないの。
 それは母親が認めようが認めまいが、称揚しようがしまいが、わたしは勝手にするものだからだ。
 母親がしてくる心配に対して困るほど迷惑だとも思わない、多少はわずらわしく感じたとしても。
 だから、彼がそうやって案ずるふうに言ってきたことっていうのは、
 むしろ彼自身の問題あるいは不安を浮き上がらせるものだったのではないかと思った。
 だってわたしがもし、自分自身の不安を訴えるつもりでその話をしたのだとしたら、わたしはそんなふうに気に懸けられて、嬉しくないはずがないからだ。
 やっとわたしの気持ちをわかってくれるひとが現れた、とでも感動するであろうような場面であって、
 なにそれ頓珍漢だな、とは思わないはずなのだ。

 たしかに刺激されるものがある。
 そうじゃないよって、その彼にも言い続けた。(つまり親に返済すべき明らかなものなど本来、本当にないのだとか)
 たとえば、
 その彼は、母一人子二人で育てられて、母は十代の若いうちに自分たちを産んだから、
 若く楽しく美しくある時代を、子育てに忙殺されて苦労をしてきたから、
 自分としてはその苦労に報いなくてはならないんだ、と思っていた。
 自分は親に恩返しをしなくてはならないんだと。


 わたしはまるで嫌いなレーズンを、おもてなしとして目の前にテンコ盛り積まれた気分だった。
  
 相手の気分を害したくはないし、かといって、美味しそうにそれを食べるには修養も足りない 、
 実際のところそれを嬉しそうに食べてみせる、どんな必要性があるのかはさっぱりわからない、とでもいうべき、ぶざまな立ち往生だけがそこにはあった。

 とはいえどことない気まずさはあった。

 わたしが彼を訪れたのか?
 それとも、彼がわたしを訪れたのか?
 
 あるいはまた、そのどちらでもなく、そのどちらでもあるように、
 すべては邂逅なのかと。

 わたしは「反対」なんてしたくはなかった。
 ただ、学びたかっただけだ、知りたかった。
 でもどこかで、彼が、なすすべもなく溺れかけている子猫のように感じられてしまったことも、
 虚しさか、痛切さか、憐情なのか、いまいましさなのか、わからないけど、
 否定しようがない。そして、
 そのことが、いまだにやっぱりわたしを、

 痛めつけるとまではいわない、ただ、なんていうか、「不意にとらえて放さない」気持ちにさせることがある、それだけ。
 
 だってそこには、謎がある。
 単純明快に、簡単明朗に、まるで自分のことのようには理解できないという謎がそこにはある。

トリイ・ヘイデン、または「美しさとはかえりみないこと」について。

 ラドブルック

 それは「愛されない子」で問題を抱えた子供の母親として登場する。

 ラドブルック。
 まるでブルドッグを麗しく表現してみたような、どことなくちぐはぐで滑稽さのある響き。
 トリイが描写する彼女のことを、嫌いになれる人間なんているだろうか、という気がする。
 いや、もちろん、いないとは限らない。
 わたしが今でも心に残っているのは、「よその子」で、あの男の子が、自らの悲嘆に実に集中してひたっていたとき、皆おれのこと嫌いなんだ、と頑なになっているとき、トリイにロリの名前を出されて、ロリはあなたのことを嫌っていないでしょ?あなたもロリのことを嫌いじゃないでしょ?
 と問われて、ほとんど諦めたかのように力なく、
「ロリのことを嫌いになれるやつなんていないよ。そうだろ?たとえそうしたいと切実に願ったとしてもさ」
 というこのセリフがわたしは大好きだ。
 まったく胸を切なくさせる。

 トリイはまだたった六歳か七歳の、識字障害を抱えた少女であるロリのことを、

「わたしはたまに本当にロリの精神を詰め込んだ瓶を精神安定剤代わりに持ち歩けたら、どんなにいいだろうかと思う」と言っている。

 ロリは、自閉症の少年ブーを見て、びっくりして、

「あの子って変わっているね。でも、それでもいいよね。わたしだって変わっているところあるもの」と言うんだ。

 ロリは天使のようというよりも、むしろ、驚くほど成熟した精神の持ち主だ。

 

 わたしは本当に情に深い人間なのだと、実は思っている。
 それはほとんど、非常識なまでに、そうなのだと。
 非常識なまでに、非現実的なまでに。
 わたしのことを実に醒めている、というひとが一定数いる。
 まったくの初対面で、会話したことすらないのに、たった一目見て、そんなふうに言うひともいる。
「自分(関西ではあなた、の意)、何もかもどうでもいいって思っているんでしょ?わかるよ。そういうの、嫌いじゃないよ」とまるで感動したかのように言ってきたひともいる。
 わたしはそういうとき、なんて見当はずれなことを言うんだろう?とは思わない。
 実際、彼の言わんとすることはわからないでもない、と思っている。
 彼はわたしの姿を、目に見える姿かたちではなく、なんていうか性質ともいうべき目には見えない真意の欠片を、端的に見抜いてはいるのだ、と思う。
 
 わたしは実際のところ、自分に備わった情の篤さを、自分でもどう扱っていいのか、どう表現すべきなのか、いまだにちゃんとわかっていないんだと思う。
 そのせいで、不器用に見える、なんて決してわたしを高揚させはしない形容を頂戴することもある。
 
 わたしは物心がついた頃から、自分の感情をあからさまにする、ということに対して羞恥心を抱くようになった。
 誰にも自分が本当に感じていることを、見透かされたくはない、という断固たる思いがあった。
 そしてそれがなぜなのか、というと、思い当たることはいくらでもあれ、決定的にこうだ、という答えは見つけ出せずにいた。
 
 なんていうかそれは一つ言えば、謎が残るって素晴らしいことだよね、という気持ちに通ずるものなのかもしれない。
 
 ある人はわたしを、まったく地に足のついていない夢見がちなひと、と言い、
 またある人はわたしのことを、リアリストすぎる、夢がなさすぎる、と評する。
 
 ドナルド・トランプが著したものをいくつか読んで、
 すごくよくわかるんだよ、と思う。
 あなたがいったい何をひとに教えたいのか、その情熱の源が何であるのか、わたしにはとてもよくわかる。
 そしてふいに、その情熱が何でもないものに思えてくる。
 つまり、わたしにも彼と似たような情熱があった。
 その情熱を、情熱のままにストレートにではないが、他人に訴えかけることに腐心していたのだと、つくづくと、つぶさに感じることができた。
 わたしは彼の情熱に接して、ようやく、
 ここにもわたしと同じようにひりひりとした、切羽詰まった情熱を感じ続けているひとがいることを知り、
 なんかそれで満足しちゃうというか、気が済むというか。
 ああ、そうか、わたしはわたしの問題、わたしはわたしの課題とだけ真摯に向き合うべきなんじゃないかな、と安らかな気持ちで思えたのだ。


 ラドブルックは美しいのだとトリイはいう。トリイだけじゃない。
 トリイがほとんど嫉妬のようにラドブルックの美しさ、強靭さをいまいましく思うところは、個人的にはちょっと微笑ましいほどに人間臭くって、好きだ。
 そこの記述を読んで思うのは、美しさとは省みないこと、なんじゃないかなと。
 ラドブルックは誰が見ても否定しようのない圧倒的な美しさを身に備えながら、美しいなんて何でもないことだわ、という。
 それはあなたがほとんど誰から見ても美しいと称賛されるから、あなたは美しさをすでに手に入れているからこそ、そんなふうに傲慢なまでに、何でもないことだと言えるのだ、と言うこともできる。
 でもさ。

 でも、なんていうか、そういうのって、どこからどう見ても、美しい発想とは言えない。
 美しさとは、妬みではない。
 美しさとは、自己卑下からは生まれえない。
 美しさって、そんなこと何でもないことだわ、ということから生まれるんじゃないかな。

 美しさって、そんなことあたりまえだわ、という態度から本当にはじめて、生き生きとした躍動感をもって、圧倒的な輝かしさで周囲を照らすのではないかな。
 美しさとは、何物をもかえりみないことから生まれるんだという気がする。
 つまりそこには、罪悪感とか、劣等感とか、気が退けるとかいう精神は存在しないんだ、という意味において。
 

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多数派なのか、少数派なのか、ということだけが問題だ。

 わたしという人間は何だって平気で、心が傷ついたりせず、強く楽々と乗り越えていけるのだと信じていた、(というかそうであってほしかった)
 と親しくしていた友人に言われたとき、わたしはまさに人生最大の危機ともいえるほど傷ついている最中だったので、腹を立てた。
 怒ったし、自分が怒ったことによって、相手の物の捉え方に驚きもし、結局心配もした。
 昔の話だ。
 わたしは、その起きた出来事をどうにも完璧に説明しつくした、という感じがしなくて、
 こないだふとまた、その話を別な友人に話したら、
 ずいぶん引きずるのね、まだわだかまりがあるのねというふうな反応をされた。
 まるでわたしがいまだにその彼女を許していない、というかのようだった。

 そういうことではないんだけどな、と実に残念な気持ちになった。
 許すとか許さないとかではないし、わたしがいまだに傷ついていたり怒っていたりするわけじゃない。
 ともかく、その発言をした友人に謝ってもらいたい、というような話ではないんだ。
 こういうことは、おそらく、手っ取り早く言ってしまえば、彼女のひきだしにはない謎であり、関心なのだと思う。
 彼女にはわたしが本当には何について知りたがっているのか、ということが、少なくとも易々とはわからないのだと思った。
 わたしの説明がまずいせいもあるだろう。
 わたしが自分自身に起きたことについて「誤解なく完璧に」話すことが不可能だというせいもある。
 
 というか、そんなことは要するに不可能なんだろうとわたしが信じているせい、もあるかもしれない。
 
 わたしが傷ついたりすることはなく、強い人間なのだと信じていたかった、と言った友人は、
 最近になって、ほとんど流行りの、「発達障害」認定を受けている。

 わたしが「発達障害」に関心があるのはそんな理由からでもある。
 
 障害っていうのは不思議なものだ。
 それは本当に「障害」(欠陥のようなニュアンス)なのかどうかはともかく、「少数派」を意味する言葉であることは間違いない。
 目が見えないひとよりも、目が見えるひとの方が多い。
 突き詰めれば、ただそれだけのことだ、とわたしは、思っている。
 問題は、目が見えるか見えないかじゃない。
 そうである性質が、「多数派」なのか「少数派」なのか、ということだけが問題なのだ。

 誰にとってもこうなのか、それとも自分だけがこうなのか、ということが。

 

 人間にはほとんど誰にも逃れようのない自己中心性があって、
 それはおもに「身体的な限定」から来るものだと思える。
 誰だって、一人に一つの身体を持って生まれてくる。
 エゴ・フレームも実に個人的で、いわば自己中心的なものだ。

 おそらく、「多数派」であることが「勝者」「不安のなさ」「皆と一緒」「天真爛漫なまでの無自覚な自己肯定」「赤ん坊のような全能感」につながっている。
 こうしたものは、まったく人間の不思議さを象徴していると思えて、わたしは感嘆さえ覚える。

 昔は、どことなく軽蔑していた。
 つまり、皆と一緒なら安心、というまるで馬鹿みたいな「根拠のない」安心を。
 そう、もう、ありていに言って、馬鹿みたいだとしか思えなかった。
 
 わたしは思春期のある頃まで、周囲の人間をまったく皆変わっている、と一抹の疑問もなく感じ取っていた。
 ところがあるときふと、周囲の人間が皆変わっているのだとすれば、むしろ本当に変わっているのはわたしなのではないか、と気づいて愕然とした。
 周りがすべて狂人だと思うなら、狂っているのは自分の方なのだ、という言葉を知ったからかもしれない。
 
 わたしには確かに目に見えるような障害はない。
 ちゃんと手も足も二本ずつあるし、目鼻立ちにも特に変わったところはない。
 持病もなく、健康診断の結果はいたって良好だ。
 目も見えるし、耳も聞こえる。
 ぱっと見、あるいは一言二言、言葉を交わして、相手を即座にぎょっとさせるような人間ではないのは確かだ、と思う。
 まあ若干冷たいというか、シビアなまでに事務的すぎるというか、無愛想なところがあるのは否定しない。
 そういうのって、ふとした拍子に出てくるんだよね、まったく無自覚なときに。
 わたしの素の態度っていうのは本当に、なんていうか、何の飾り気もない殺風景なものなの。
 敢えて冷たい態度を取るときには、わたしは自分にとって相手は大袈裟にいえば敵なのだということを、相手自身に知らしめようとしているわけで、完全に自覚的にそれをしているわけで、
 こういう態度がまったく友好的でも親切でもない、頑なな態度だということは十分承知していながら、
 わたしとしては最大限、いやむしろ最低限かもしれないが、フェアなやり方なのだと自分を納得させているところがある。

 そうだな、わたしはわたし自身のことをこういう場では語りすぎるね。
 文章ならばまったくそれは容易く、抑制を欠いたものになりがちだ。
 でも普段、誰かと接しているときには、むしろ、どちらかといえば無口で、ほとんどお高くとまっているほどに親しみにくく、ガードの固い人間だと思われがちなのだ、
 ということくらいはこの歳になれば無視せざるを得ない客観的事実として、了解してもいる。